好きなことを発信して楽しく生きるということ

こんにちは、つなかんです。

「やりたいことが見つからない」

「自分の人生このままでいいんだろうか」

そんなことを思ったことはありますか?

この記事では、そんな悩みを抱えていた僕が人生迷走してからこのブログを書くようになるまでを書きました。

しばし自分語りが続きますが、生温かい目で見守っていただければと思います。

他人の目や空気に流される受け身な人生を送ってきた

僕の過去を振り返ってみると、僕が他人の目を気にして受け身で面白くない人間になったのは高校時代が始まりでした。

中学時代まで

僕は愛知県の片田舎に生まれました。

長男だったので可愛がられて育ちましたが、小さいころは泣き虫でした。

というのも、保育園ではよくいじめの標的になっていました。

太っていて走るのも遅く、いじめるには格好の的だったんですね。

それでも助けてくれる友だちも数多くいたので恵まれていたと思います。

幸い小学校に上がると、いじめてた子とはずっと違うクラスだったこともあり、いじめられることもほとんどなくなりました。

 

小学生になると、学校から帰ってきたら友だちの家に遊びに行ってゲームしたり、当時テニスの王子様が流行ってたので、外でテニスをしたりして遊んでいました。

そこら辺にいるのと変わらない、普通のよくいる小学生でしたよ。

大きなけがや事故、問題行動を起こすこともなく、中学校へと上がります。

 

田舎の特徴かもしれないけど、僕の中学はほとんどが同じ小学校からそのまま繰り上がる人ばかりでした。

生徒の数がそんなに多くない学校だったというのもあって、みんな仲が良く、楽しい学校生活を送っていました。

授業では自分から挙手して発言したり、部活にも熱中したりしていて、自分で言うのもなんだけど、いたって真面目で意欲的な生徒だったと思います(笑)。

本当に充実した学校生活でした。

けれどまあ、中学生になった僕は変わらずゲーム大好きで、夜中までオンラインゲームで遊んでいるような人でした。

なので勉強ができるわけではなく、高校は地元の自称進学校に入ることになります。

高校時代

僕の進んだ高校はとにかく個性を抑えつけられる学校でした。

先生たちが生徒を管理しやすくするためなのか校則も厳しかったです。

今さらあまりdisっても仕方ないんだけど…当時はとにかく中学時代の友だちが高校生活をエンジョイしてるのが羨ましかったです。

 

僕の高校では何かあるとすぐ怒られます

入学した頃は学年集会で下を向いてるだけで怒られ、全校集会で遅れてくる生徒がいると全体責任で全員教室に戻ってから集まり直し。

集団行動ができないと怒鳴られ、説教のまま授業が終わることもありました(3回くらいあったかなー)。

聞き流せばいいんですが、クソ真面目だった僕はスルースキルというものがなく、誰かが怒られることみんな自分にも言われてるように感じてたんですね。

そんな学校生活が嫌で帰宅しては家で泣く日もありました。

さすがに1年も経つとそんな学校生活には慣れてくるんですが、とにかく怒られないように過ごすようになります。

そして周りの人間も怒られないように学校生活を送るようになるんですが、そうなって行くと次第に授業とかでも自分の発言を避けるようになっていきます。

授業だから発言しなくても怒られますが(笑)。

何か間違ったことを言って怒られるくらいなら言わない方がマシって考え方になるんですね。

こうなると先生には生徒がやる気ないように映るので、先生たちもやる気がなくなっていきます。

こうなったら負の連鎖ですよね。

 

ただ教えるだけ。そして教えてもらうだけ。

生徒が発言しないから受け身の授業ばかり。

中には良い先生もいたけど、僕もそんな学校の空気にのまれて次第に消極的になっていきました。

こうして受け身の人間ができあがっていきました。

 

高校時代は部活も楽しくなく1年でやめてしまったので、ひたすら学校で勉強しては家に帰ってゲームorテレビの生活を繰り返し。

だから高校時代に思い出は特にないです。

とにかく怒られないよう学校生活を送り、消極的な人間になっていきました。

 

3年にもなると進路を決めていく必要がありました。

けれど将来何になりたいとか、まだしっかりと考えられなくて、ただ漠然と英語が好きだったので英語の先生になりたいなと思っていました。

そして英語の先生になることを目指して、大学は関東の大学に進むことになります。

大学時代

大学では先生になるためにひたすら勉強の日々でした。

正直、教員免許を取るのに授業数が多くて大変でした。

1年のときは授業についていくのが精一杯で、何度か教員免許を取るのはやめようかとも思いました。

けれど一人暮らしで仕送りももらっていたし、他になりたいこともなかったので、ひたすら授業に耐えていきました。

 

でも根本的に怠け者体質の僕は、講義形式で受け身の授業が多かったこともあって、いつの間にかただ授業を受けてるだけになっていました。

休息する時間が欲しい。自分てあまり体力や根性がないなーと思う。

受け身って楽なんですよね。主体的に行動に移さないと考える必要がありませんから。

こんな感じで大学生活もなんとなく送るようになっていきます

 

4年になると教育実習がありました。

教員免許を取るためには実際の学校へ実習に行く必要があります。

社会人にとっては当たり前なのかもしれませんが、毎日朝は6時に起き、夜は9時ごろ帰宅の生活です。

授業の準備や教材研究で12時間勤務は当たり前。

授業作りでちょっと問題が起きたときは夜中の1時に帰った日もありました。

先生になろうと思ってここまで頑張ってきたけど、教育実習でなんか違うと感じるようになります

授業の準備で手いっぱいだったのに、正規の先生になるとこれに部活動や保護者の対応、不登校の子どもの対応などなど授業以外にもあらゆる仕事が増えてくる。

生徒との関わるのは楽しかったし、やりがいもあるなと思ったけど、こんな生活を残り40年近く送るなんて僕には考えられなかったし無理だと思いました。

それでも親に負担かけてるし、やめたいとは言えず採用試験は受けることに。

先生になりたいって強い意志のない人間が受かるわけもなく、結局職がないまま大学を卒業することになりました。

「自分が何をしたいのかわからない」悩みで苦しむ

職がないまま社会に出たときは、人生終わったと思いました。

そして自分がこれからどうしたいのかすら分からなくなりました

これまで自分の将来についてやりたいことを明確にせず、考えてこなかったんだから自業自得ですよね。

ここ、しくじり先生なんで反面教師にしてほしいと思います。

まあ、僕の過去について同情してほしいわけではないので話を進めます。

別に後悔して苦しんでるわけでもないので。

 

他人に言われるがまま何となくここまで育ってきて、やりたいことを失った僕はとりあえず好きだった英語の勉強を続けました。

英語ができればまだなんとかなると思っていたんですね。

けど次第に外に出ることが少なくなり、こんな情けない自分に自信を失い引きこもるようになりました。

働けよって思われますけど、テレビで長時間労働の話題や過労死、ブラック企業などのイメージでこのときは「働く」ということ自体に魅力を感じず、もう嫌になってました。

自分が教育実習でブラックな日本社会経験したというのもあるかもしれない。

今思えばそれは「過度の一般化」なんだけど、とにかく社会の奴隷として自分の身を滅ぼすのは嫌だったんですね。

人生詰んだと思っていたので、もう死んでもいいかなと思う日もありました。(さすがに自殺する勇気はなかったです。)

MEMO
過度の一般化とは、実際には自分だけの限られた経験なのに、まるで世の中全体がそうであるかのように一般化してしまう現象のこと。

 

でもこのままじゃ流石にまずいと思い、バイトするようにはなります。

けどそれは世間体や生活のためでした。

人生に挫折し、目的もなく、ただなんとなく過ごすようになります

やりたいことをやる生き方を知る

これまでただなんとなく生きてきて、このままでいいんだろうかと不安を抱えながら過ごしてきました。

世間体や周りの目を気にしたり、他人の期待を満たす生き方をしたりして、社会のレールから脱線して結果的に自分を見失ってしまった。

 

「自分のやりたいことって何だろう」

 

残りの人生をただなんとなく送るのは嫌だったんですね。

そんなことを考えながら過ごすようになります。

 

インターネットでいろいろと調べていると、日本社会のレールから外れても楽しく生きてる人たちがいることを知りました。

その人たちとは、自分を発信して情報に価値を生み出し生きてる人たちでした。

 

「自分もこういう生き方がしてみたい!」って思いました。

なぜならすごいイキイキしてるように感じられたから。

誰かからやらされてるんじゃなく、自分の意志で、自分の好きなことを発信してるんですから、そりゃイキイキしますよね。

社会のレールから外れて楽しく生きる手段があるんだって思いました。

イキイキと自分の人生を送ってる人たちは、やりたいことが見つからずに何となく生きてる僕にとって魅力的でした。

 

こうして自分を発信する生き方を知った僕はブログを始めてみることにしました。

ブログにしたのは、書いた文章は1秒も休まず働き続け、自分の資産して積み重なっていくことを知ったからです。

僕がブログを始めたのは人生を思いっきり楽しむため

なんか哲学みたいですが、大学を卒業してから「自分ってなんで生きてるんだろう」って考えるようになりました。

そんなとき僕の人生のゴールは

 

「幸せな人生だった。もう満足した。」と思って死ねること。

 

だったんですね。

そしてこのゴールを達成するには

  • 人生を思いっきり楽しむこと。
  • 自分の好きなことに囲まれて過ごすこと。
  • 他人の人生を生きない。
  • やらない後悔をしないためにとりあえずやってみる。そして好きか嫌いかを知ること。
  • 過去でも未来でもなく今を生きること。

なんてことが必要なんじゃないかなと思っています。

 

ここまで長々と書いてきました。

結局何が言いたいかというと、僕がブログを始めようと思ったきっかけは、自分の人生を思いっきり楽しめるものに変えていくためなんです。

幸せな人生だったと思えるようにするために。

自分を発信してイキイキしてる人に自分もなるために。

ブログを始めるとネタを探そうと普段何気ないことに対しても敏感になります。

台湾のカップラーメンのお土産も今までなら普通に食べてましたよ。

人気のお土産?台湾のカップラーメン「滿漢大餐 葱燒牛肉麺」を食べてみた台湾で売り切れ続出!話題になったカップラーメン「花雕雞麵」を食べてみた

でも台湾のカップラーメン食べてブログに書いてる人なんてそんなにいないと思います。

こんなことがネタになる。

 

そしてブログに書いて発信することで、もしかしたらその情報を求めている人に届くかもしれません。

求めている人に届くとその情報が価値になるんですね。

今は拙い文章でしか書けませんが、自分を発信することで僕の持ってる情報を求めている人や同じような悩みを抱えてる人の役に少しでも立てればいいかなって思ってます。

 

このブログは今の自分を変えていくためのはじめの一歩です。

あくまでブログは情報を伝える手段のひとつでしかありません。

それにブログを始めることなんて大した変化ではないかもしれません。

それでも、とりあえずやってみようってな感じで今僕はブログを書いています。