つな缶のプロフィールとこのブログについて

つな缶

こんにちは!

このブログを運営しているつな缶@tunakan758)と申します。

プロフィールのページをご覧いただきありがとうございます。

つな缶の簡単なプロフィール

名前 つな缶
性別
出身地 愛知県
年齢 26歳
血液型 A型
趣味 サッカー観戦、旅行、読書、音楽鑑賞など
好きなサッカークラブ 名古屋グランパス
好きな音楽 主に洋楽(EDM系)だけど、邦楽もUVERworldはじめいろいろ聴いてます。
好きな番組 名探偵コナン、世界の果てまでイッテQ
好きな映画  スパイダーマンシリーズ、名探偵コナンシリーズ、サマーウォーズなど

このブログについて

つな缶のつなログは2018年1月より開設しました。

ジャンルとしては主に「旅行」「サッカー」「ライフスタイル」など。

その他に僕が経験したことや考えたこと、感じたことなんかも書いていきます。

いわば雑記ブログみたいな感じですね。

 

コンセプトは「自己成長」なので(今決めた!)、自分の成長の記録としてもこのブログに残せていけたらなと思います。

結果的に自分の経験が他の誰かの役に立てたら、これ以上嬉しいことはありません。

略歴

せっかくなので、僕についてもう少し紹介していこうと思います。

 

僕は愛知県の片田舎に生まれました。

長男だったので可愛がられて育ちましたが、小さいころは泣き虫でした。

というのも、周りよりも太っていてどんくさかったせいで、保育園ではよくいじめの標的になっていました。

太っているせいで走るのも遅く、いじめるには格好の的だったんですね。

それでも助けてくれる友だちも数多くいたので恵まれていたと思います。

小学校時代

小学校に上がると、幸い(配慮されて)いじめてた子とはずっと違うクラスだったこともあり、いじめられることはほぼなくなります。

小学生になると、学校から帰ってきたら友だちの家に遊びに行ってゲームしてました。

あとは当時テニスの王子様が流行ってたので、外でテニスをして遊んでいました。

小学4年から高校1年までテニススクールにも通ってました。

 

ホントに、そこら辺にいるのと変わらない普通のよくいる小学生です。

大きなけがや事故、問題行動を起こすこともなく、中学校へと上がります。

中学時代

田舎あるあるかもしれないけど、僕の中学も大半が同じ小学校からそのまま繰り上がる人ばかりでした。

生徒の数がそんなに多くない学校というのもあって、みんな仲が良く、楽しい学校生活を送っていました。

積極的に授業を受けて、部活もテニス部に入って熱中したりして、自分で言うのもなんだけど、いたって真面目で意欲的な生徒だったと思います。

人生でいちばんリア充だったときですね。

 

けれどまあ、中学生になった僕は変わらずゲーム大好きで、夜中までオンラインゲームで遊んでいるような人でした。

夏休みの課題はオール後回し。

最終日に徹夜で答え写しながら無理やり終わらせてました(笑)。

いわゆる真面目系クズってやつですね。

こんな感じだったので、決して勉強ができるわけではなかったです。

高校時代

高校は地元の自称進学校に入ることになります。

僕の進んだ高校はとにかく個性を抑えつけられる学校でした。

先生たちが生徒を管理しやすくするためなのか校則も無駄に厳しい。何かあるとすぐ怒られる。

入学した頃は学年集会で下を向いてるだけで怒られ、全校集会で遅れてくる生徒がいると全体責任で全員教室に戻ってから集まり直し。

集団行動ができないと怒鳴られ、説教のまま授業が終わることも多々ありました。

聞き流せばいいんですが、クソ真面目だった僕にはスルースキルというものがなく、誰かが怒られることみんな自分にも言われてるように感じてたんですね。

 

そんな学校生活が嫌で帰宅しては家で泣く日もありました。

さすがに1年も経つとそんな学校生活には慣れてくるんですが、とにかく怒られないように過ごすようになります。

そして周りの人間も怒られないように学校生活を送るようになるんですが、そうなっていくと次第に授業とかでも自分の発言を避けるようになっていきます。

授業だから発言しなくても怒られますけどね。

何か間違ったことを言って怒られるくらいなら言わない方がマシって考え方になるんですね。

 

こうなると先生には生徒がやる気ないように映るので、先生たちもやる気がなくなっていきます。

もう負の連鎖ですよね。生徒が発言しないから受け身の授業ばかり。

中には良い先生もいたけど、僕もそんな学校の空気にのまれて次第に学校生活に消極的になっていきました。

こうして受け身の人間ができあがっていきました。

 

高校時代は部活も楽しくなくてすぐやめてしまい、学校で授業を受けては家に帰ってゲームorテレビを見る生活をひたすら繰り返してました。

だから高校時代に思い出はないです。

とにかく怒られないよう学校生活を送り、中学時代とはうって変わって体たらくな人間になっていきました。

大学時代

大学は外国語学部に入りました。

英語は別に得意ではなかったけど、好きだったので英語の先生になろうと漠然と考えていました。

 

大学では教員免許を取るためにひたすら勉強の日々。

授業数が多くて大変でした。1年のときは授業についていくのが精一杯で、もうやめたいと何度となく思っていました。

けれど一人暮らしで仕送りももらっていたし、他になりたい職業もなかったので、ひたすら授業に耐えていきます。

 

でも根本的に怠け者体質の僕は、いかに楽をしつつ単位を取るかを考えるようになるんですね。

いわゆる「楽単らくたん」の授業を友だちと情報共有して、ただ単位を取って卒業するために授業を受けていました。

こんな感じで大学生活もなんとなく送るようになっていきます

 

4年になると教育実習がありました。

教員免許を取るためには実際の学校へ実習に行く必要があります。

社会人にとっては当たり前なのかもしれませんが、毎日朝は6時に起き、夜は9時ごろ帰宅の生活です。

授業の準備や教材研究で12時間勤務は当たり前。

授業作りでちょっと問題が起きたときは夜中の1時に帰った日もありました。

 

先生を目指してここまで頑張ってきたけど、教育実習でなんか違うと感じるようになります

授業の準備で手いっぱいだったのに、正規の先生になるとこれに部活動や保護者の対応。

さらに不登校の子どもの対応などなど授業以外にもあらゆる仕事が増えてくる。

生徒との関わるのは楽しかったし、やりがいもあると感じていました。

だけど、こんな生活を残り40年以上送るなんて僕には考えられなかったし、無理でした

 

それでも親に負担かけてるし、やめたいとは言えず採用試験は受けることに。

先生になりたいって強い意志のない人間が受かるわけもなく、結局職がないまま大学を卒業することになりました。

「自分が何をしたいのかわからない」悩みで苦しむ

仕事がないまま社会に出たときは、人生終わったなと思いました。

そして自分がこれからどうしたいのかすら分からなくなりました

 

これまで自分の将来についてやりたいことを明確にせず、考えてこなかったんだから自業自得でもあります。

こんな情けない自分に自信を失い引きこもるようになりました。

人生詰んだと思っていたので、もう死んでもいいかなと思う日もありました。(さすがに自殺する勇気はなかったですが。)

やりたいことをやる生き方を知る

これまでただなんとなく生きてきて、このままでいいんだろうかと不安を抱えながら過ごしてきました。

世間体や周りの目を気にしたり、他人の期待を満たす生き方をしたり。

社会のレールから脱線して結果的に自分を見失ってしまった。

 

「自分のやりたいことって何だろう」

 

残りの人生をただなんとなく送るのは嫌だったんですね。

ようやくここにきて初めて、自分の人生と真剣に向き合うようになります。

 

インターネットでいろいろ調べていると、日本社会のレールから外れても楽しく生きてる人たちがいることを知りました。

その人たちとは、自分を発信して情報に価値を生み出し生きてる人たちでした。

 

「自分もこういう生き方がしたい!」って素直に思いました。

なぜならとてもイキイキしてるように感じられたから。

誰かからやらされてるんじゃなく、自分の意志で、自分の好きなことを発信してるんだからそりゃイキイキするよね。

社会のレールから外れても楽しく生きられる手段はあるんだって思いました。

 

こうして自分を発信する生き方を知った僕は、とりあえずブログから始めてみることにしました。

このブログは今の自分を変えていくためのはじめの一歩です。

あくまでブログは情報を伝える手段のひとつでしかありません。

それにブログを始めることなんて大した変化ではないかもしれません。

それでも、とりあえずやってみようってな感じで今僕はブログを書いています。

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